太宰治

18世紀フランス文学とアベ・プレヴォー『マノン・レスコー』

私は、正直に言えばアイデンティ・クライシスに陥り、体調が悪化し、メシも食えず(食べても嘔吐と下痢で苦しめられた)、しまいには外出する体力すら残っていなかった。 今は何とか復活したが、それもこれも、私がマノンと慕う女性の存在が大きい。 そこで、大学生をやっていた頃に、『マノン・レスコー』についてレジュメを切り、授業をやった「西洋文学」の授業を思い出した。 あの当時、どんなレジュメを書いて配布し、授業 […]

ネットで情報を発信する意味とSNSの関係

色々と忙しいので、SNSは見るよりも自サイトの記事を投稿して発信するばかりになっているが、それで別に困ることもないから、ハッキリ言ってどうでもいい。 自サイト記事の発信や、タマに気分転換でTwitterを眺めたり、投稿する際にFacebookを見たりするが、相変わらず読むべき情報はほぼ皆無に等しく、おや?と思って投稿を読んでみても、大抵は時間の無駄だ。 私が運営しているSNSアカウントはほとんどが […]

孤独と実質の魂が見たものとは~安吾忌に寄せて

2月17日の今日は、坂口安吾の安吾忌である。 が、昨年に引き続きコロナ茶番・ワクチン禍にあって、去る1月15日に「安吾忌中止のご連絡」がメールで届いた。 昨年は開催の可否をメールで問い合わせたのだが、私以外にも同様の問い合わせがあったに違いなく、昨年1月頃ぐらいまでの坂口安吾デジタルミュージアムでは、私を含め「誰も見ない」サイトのままであったから、同サイトで告知しても誰も知らなかったと思われる(注 […]

【ネットで発信する本質とは】かつてネットには「テキストサイト」という文化があった

本を正せばTwitter社が悪い。 9月の下旬にTwitterアカウントが突然ロックされ、Twitter社に問合せをするもラチが明かず、2週間後には凍結されてしまった。無論、即刻異議申し立てはしたが、特に何の連絡もないままであるから、別にアカウントを作成してイチからやり直すハメになった。 ところが、親しくさせてもらっている相互フォロワーさんに凍結されたアカウントが復活していることを聞き、確認したら […]

12月8日の大東亜戦争開戦に寄せて

本日、12月8日は大東亜戦争が開戦した日だ。 ざっとTwitterを見回してみたが、大東亜戦争について何かツイートしている人は少なく、FacebookではFBFが投稿しているのは確認したが、何か書いて投稿している人は少ないようだ。 ところが、GoogleアナリティクスとGoogle AdSenseで確認すると、サーチエンジンからの流入で、去年記事にした「今こそちゃんと読んで知りたい【開戦の詔書】全 […]

Twitterで運用している坂口安吾ボットのツイートを整備した話

私はTwitterでメインで運用しているアカウントの他に、太宰治と坂口安吾、そして松本零士先生のBotアカウントを管理して運用している。 太宰治に関しては2017年の桜桃忌の1ヶ月前から運用を開始し、昨年の太宰治生誕110年からは太宰治真理教アカウントとして運用している。 松本零士先生に関しては、今年1月のお誕生日から私設松本零士博物館アカウントとして運用を開始した。先だってTwitter社から認 […]

永島慎二に関する思索の断片

今どき「永島慎二」と聞いて ( ̄ー ̄)ニヤリ とするのは、私なんかより年長の、それこそ団塊の世代辺りではないのか?とは思う。 私が永島慎二のマンガに出会ったのは中学生の頃で、当時足繁く通った地元の古本屋であった。 小5から松本零士先生のマンガを古本屋で買い漁っていたので、父の代から二代続けて通った古本屋も、今は昔の話となった。 私の人生を運命付ける太宰治の『人間失格』と出会ったのも古本屋で、カネは […]

坂口安吾による織田作之助の追悼文が70年ぶりに発掘

2019年の今年は太宰治生誕110年の年で、太宰治が生まれた6月19日に「生誕110周年」となる。令和元年の桜桃忌(青森県五所川原市の芦野公園にある太宰治文学碑前では生誕祭)が生誕110年のメモリアルイヤーというのは、太宰治ファンとして非常に嬉しく思う。 私は太宰治検定の委員でもあるので太宰治がイチオシなのは当然だが、坂口安吾についても今年は70年ぶりに発見があったので、それを書き記しておきたい。 […]

太宰治が身近に感じられたあの頃~『太宰婚』の感想に寄せて

たまたまお昼に荻窪のとあるライブハウスへ遊びに行くことになり、久しぶりにバイクを出すか、と思ったがエンジンがかからない。結局ゲタ代わりのスクーターで向かった。その後、お茶でも飲みにと思い、三鷹の古本カフェ・フォスフォレッセンス(以降、「フォスフォレッセンス」と略)さんへ向かったのだ。 入店するなり「今日は安吾忌ですね」と声を掛けられ、「あ!?忘れてた!」てなことになったのだが、店主の駄場さんが自費 […]

【実は愛国者だった】太宰治にとって「戦後」とは何だったのか?

先日の「憂国忌」当日、Twitterを見ていて思うことがあった。 圧倒的大多数が憂国忌を知らないか、三島由紀夫の単なる「命日」「自殺した日」ぐらいの認識しかないようだった。中には憂国忌だと知ってツイートをしている人も探せばいたが、かなり少数だったのは否めない。 Twitterにはあんなに愛国保守勢がいて、また反日左派勢がいるのに、どちらからも綺麗サッパリ三島由紀夫を忘れたかのようであり、私は驚きを […]