森田必勝

安倍晋三元首相殺害と参議院選挙の違和感

最初に断っておかなければならないのは、私は安倍晋三元首相(以下、「安倍」と敬称略)は、日本の政治家にしては珍しく外交に秀でて世界に対して日本のプレゼンスを示した、リーダーシップのある有能な政治家だとは思うが、第二次安倍政権で実施された経済を含む政策に関しては、それほど評価はしていない。 というより、戦後日本の政治家は一部を除くと無能ばかりで、てんでお話にならないレベルだから、本来日本の政治家として […]

三島由紀夫は女系天皇を容認していた!?憂国忌での改憲論と皇室論

先日の11月25日、星陵会館で執り行われた第51回憂国忌に参加した。 51年前の当日は、三島由紀夫・森田必勝ら楯の会有志4名が市ヶ谷の防衛庁(当時)総監室を占拠、バルコニーから自衛隊に檄を飛ばし、憲法改正すら出来ない戦後の日本と日本人に「生命尊重以上の価値の所在を諸君の目に見せてやる」と諫死した日であり、憂国忌は三島・森田両烈士を追悼する集いである。 ゆえに、憂国忌のテーマや内容は毎年違うものの、 […]

50年目の憂国忌【憂国忌五十年に寄せて・祭文】全文

令和02年11月25日は、三島由紀夫烈士と森田必勝烈士の没後50年という節目の年で、その追悼の集いである「憂国忌」が永田町の星陵会館で執り行われ、私も参加した。 今年は日本文化チャンネル桜でライブ中継が行われており、私個人が思うことを記事にしたところで価値はないだろうと思う。 そこで本稿では、会場で配布された憂国忌の冊子から森田治氏(森田必勝烈士の兄君)の「憂国忌五十年に寄せて」と、「憂国忌五十周 […]

【憂国忌】三島由紀夫最後の言葉【檄文】

本日、平成30年11月25日は三島由紀夫没後48年であり、今年もその追悼の集いである「憂国忌」が永田町の星陵会館で行われる。 平成も終わり近くになり、三島由紀夫は知っていて読んだことがある人はいても、「憂国忌」を知らない人は多く、三島由紀夫最後の言葉である「檄文」に関しては、その内容を詳細まで知る人はもっと少ない。 本サイトの記事としては異例中の異例だが、ここに三島由紀夫の「檄文」全文を紹介し、今 […]