三島由紀夫

太宰治にとって「戦後」とは何だったのか

先日の「憂国忌」当日、Twitterを見ていて思うことがあった。 圧倒的大多数が憂国忌を知らないか、三島由紀夫の単なる「命日」「自殺した日」ぐらいの認識しかないようだった。中には憂国忌だと知ってツイートをしている人も探せばいたが、かなり少数だったのは否めない。 Twitterにはあんなに愛国保守勢がいて、また反日左派勢がいるのに、どちらからも綺麗サッパリ三島由紀夫を忘れたかのようであり、私は驚きを […]

【憂国忌】三島由紀夫最後の言葉【檄文】

本日、平成30年11月25日は三島由紀夫没後48年であり、今年もその追悼の集いである「憂国忌」が永田町の星陵会館で行われる。 平成も終わり近くになり、三島由紀夫は知っていて読んだことがある人はいても、「憂国忌」を知らない人は多く、三島由紀夫最後の言葉である「檄文」に関しては、その内容を詳細まで知る人はもっと少ない。 私のブログとしては異例中の異例だが、ここに三島由紀夫の「檄文」全文を紹介し、今日ば […]