下山静香のおんがく×ブンガク Vol.1 異端のシンパシー~坂口安吾をめぐって~

下山静香のおんがく×ブンガク Vol.1 異端のシンパシー~坂口安吾をめぐって~

先日の4月14日(土)、とある縁で渋谷へ坂口安吾にまつわるイベントに行って来た。とても良かったので、少し書いておこうと思う。

下山静香のおんがく×ブンガク Vol.1

2018年4月14日(土)14時開演 渋谷発!新感覚芸術サロン
下山静香のおんがく×ブンガク vol.1 異端のシンパシー~坂口安吾をめぐって~
ゲスト:岡元敦司(バリトン)、七北数人(文芸評論家)
演奏曲:サティラモードビュッシー西澤健一 から予定
朗 読:坂口安吾の短編エッセイ インタビュー対談
会 場:l’atelier by APC ラトリエ バイ エーピーシー(渋谷)
チケット:一般4000円 / グラシア会員3500円(同時入会可・年会費2000円・入会金ナシで特典多数)

私は音楽に関しては全然ダメな方で、ごく若い頃はアコースティック・ギターの音色が好きで、フォークソング系ニューミュージックばかり聴いていた。自分でも弾きたいと思ってモーリスのギターを10万円で買い込んだものの、弾けずにお蔵入りしてもう四半世紀が経つ。
歌えば音痴で、それも酒に酔わなければ歌えないようなレベルであるから、最近はどんな曲が流行っているのかも知らず、クラシックに関しては完全に門外漢である。そもそもオーディオの趣味すらない。
そんな私が「ブンガク」ならまだしも「おんがく」のイベントに何の用があるのか?

実はゲストが文芸評論家の七北数人さんで、その七北数人さんから直々に(メールだけど)お誘いを受けたからだ。多分、今の日本で坂口安吾の研究者では七北数人さんを上回る人はいないだろうと思う。毎年安吾忌の「安吾カルトクイズ」では(私も安吾マニアではあるけれども)毎回悶絶させられるほどの難問を作ってくる人で、穏やかな人だが内に秘めた(特に坂口安吾への)情熱アツイものがある。
それに安吾のイベントでツマラナイなんてハズがない!(笑)私は二つ返事で参加を伝えた。ちなみに、私がオススメしたい 七北数人さんの著作はコレだ。

評伝坂口安吾 魂の事件簿

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坂口安吾と音楽

開演した「おんがく×ブンガク」(私は開演が午後4時だと思い込み、実は14時開演で遅刻したが)では、坂口安吾について詳しいことは七北数人さんが語りながら、それを受けてピアニストの下山静香氏がお話をし、ピアノを演奏する形式で進んだ。ザックリ50名も入れば一杯になってしまうような会場に40人は集まっていただろうか。間近にグランドピアノの迫力ある演奏を聴きながら、安吾と音楽についてのお話を聞くのは、かなり贅沢であった。

坂口安吾と音楽と言うと、結びつかない人も多いかも知れない。
安吾は新潟の旧制中学を落第し、東京の旧制豊山中学(現在の日本大学豊山中学・高等学校)を落第しつつも卒業し、20歳になって代用教員として一年間教壇に立つが、「悟り」を得たくて東洋大学の印度哲学倫理学科に入学する。
代用教員時代は『風と光と二十の私』に詳しい。

風と光と二十の私と・いずこへ 他十六篇 (岩波文庫)

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坂口安吾東洋大学時代にアテネ・フランセで主にフランス語を学ぶが、芥川龍之介の甥の葛巻義敏と親しくなり、アテネ・フランセの学友と同人誌『言葉』を創刊する。この頃については「暗い青春」や「青い絨毯」、「処女作前後の思ひ出」に詳しい。
さて、坂口安吾はその処女作「木枯の酒倉から――聖なる酔つ払ひは神々の魔手に誘惑された話――」からして、ナンセンス作品(これをフランス語でファルスと呼ぶ)であった。同時期のファルス作品である「風博士」が牧野信一から激賞されて文壇にデビューすることになるのだが。
その頃に安吾は書簡で「ドビュッシーのような作品を書く」と述べており、「ふるさとに寄する讃歌~夢の総量は空気であった~」を書いている。安吾の初期の作品で私も好きな作品であり、若い頃はこの作品で一気に安吾ファンになった。また、葛巻義敏とは『エリック・サティ』を共著している。
坊主の子弟が通う東洋大学では親しい友人を作らなかったと伝えられているが、アテネ・フランセでは友人と共に語学と外国文学を学び、音楽にも親しんだのであろう。
上述のサティドビュッシー、のちに伊東から桐生に移住した際に飼っていたコリー犬の名前にラモーと名付けるあたり、ジャン=フィリップ・ラモーについても好きだっただろうと分かる。その点に関しては、七北数人さんが丁寧に解説をされていたが、確かに思い起こせばその通りだなぁと思う。

歌曲に思わず涙する

岡元敦司氏によるサティの「ジュ・トゥ・ヴ」(フランス語Je te veux」=お前が欲しい)の日本語訳のシャンソンは度肝を抜かれるほどの迫力とバリトンの美声で、とても素晴らしかった(動画はイメージ)。

それどころか「坂口安吾による3つの断章」として、「いづこへ」「私は海をだきしめてゐたい」「ふるさとに寄する讃歌~夢の総量は空気であった~」の言葉を拾って繋げ、それをピアノの調べに乗せてバリトンの美声で歌われた日には、感動の余り涙が出たほどだ!(本当)
全部で2時間に満たないものだったが、こんな贅沢なイベントは近年稀である。文学の愛好者や音楽の愛好者は案外多いものだが、その両方とも愛好している人と言うのは、実は少ないのかも知れない。
また、私のような狭い範囲の文学好きは、たまたま坂口安吾が愛好する音楽家について知ってはいたものの、改めてその文学と音楽を直に聴くという機会は皆無である。
今後も続くようなので、引き続き参加したいと思う。

石川啄木に思いを馳せてみる

そう言えば、石川啄木ワーグナーのファンだったって、知っている人はどの程度いるだろうか?
当時の日本では、ドイツに留学経験のある森鴎外ぐらいしかワーグナー歌劇の生演奏は聴いたことがないと思うが(そして私の記憶が確かならば、ドナルド・キーンがなぜ東北の片田舎に住んでいた石川啄木ワーグナーを知ってたんだ?Σ(°Д°)と疑問を呈してたがw)。
坂口安吾は新潟の旧制中学を落第して去るとき、机の裏に「余は偉大なる落伍者となつていつの日か歴史の中によみがへるであらう」と彫ったらしいが、安吾は若い頃に落伍者としての石川啄木を愛していたようでもある。
いつか石川啄木ワーグナーで「おんがく×ブンガク」をやっていただけると、嬉しいな(笑)。




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