新元号【令和】の発表と違和感

新元号【令和】の発表と違和感

4月1日エイプリルフールのお昼前、菅官房長官が新元号「令和(れいわ)」を発表した。地上波テレビでもそうだと思うが、ネットでもリアルタイムに中継されたので、私はネットの中継で知った。

一応、SEなのでシステム的に和暦・西暦対応について書こうかと思ったが、それだとボリュームが大きくなるのと、普通の人はほぼ興味・関心がないだろうと思うので書かないが、前回の改元の時との相違と違和感を書き残して置こうと思う。

  • 前回の改元は昭和天皇の崩御によるもので、崩御の前後は異常な自粛ムードだった
  • 今回の改元は今上天皇のご譲位によるものなので、祝賀ムードの中で新しい元号が発表された
  • 左派反日勢力の元号そのものの意義や新元号へのイチャモンが酷すぎる
  • 今までの元号が支那の文献由来であることを知らない人が多すぎる

ざっと書くとこんな感じだろうか。
前回の改元で、昭和天皇の崩御前後の日本の自粛ムードと経済の停滞、国民生活の影響を心配された今上天皇が、自分が崩御した時に同じことが繰り返されることを懸念されたのは、十分に察して余りある。だからと言って予算をケチるのは、どうなのか?と思う。今上天皇陛下が具体的な口出しが出来ないからと言って、宮内庁のやりたい放題は流石に国民感情を逆なでするようなものではないか。
それにもはや隠そうともしなくなったが、反日左派や日本共産党は日本と日本の伝統を全てブチ壊したいので、「元号は不要だ」等々、声高に叫んでいた。なぜ元号が不要なのか?それは日本共産党が不要だと言っている意味が、実は深い。
そもそも元号は支那由来だし、日本の飛鳥時代は支那がアジアのヘゲモニー国家であった。そこでザックリ聖徳太子の登場となるのだが(この辺に関しては、私達世代が学校で習った歴史と今の義務教育で教える歴史では若干違うらしい?)、要するに日本は支那の属国ではないですよ宣言をし、日本独自の元号を制定する。つまり、当時は暦の作成は最先端の科学であり、「自国の暦を持つ」という日本国の独立独歩の理念が飛鳥時代に確立されたと言える。それがザックリ1300年も続くのは、世界広しと雖も日本だけなのだ。
この辺に関しては、相互フォローのよねそん(@yoneson_)がキャスで放送した録画が残っているため、詳しく知りたい人はぜひ録画を聴いて欲しい。元号と改元の意義を分かりやすく説明していると思う。

新元号は万葉集の「巻五 梅花の歌三十二首并せて序」にある

初春の月(れいげつ)にして、気淑(きよ)く風(やわら)らぎ、梅は鏡前(きょうぜん)の粉(こ)を披(ひら)き、蘭(らん)は珮後(はいご)の香(こう)を薫(かお)らす

から「令和」(REIWA)となった。令月=めでたい月(良い月)という意味であり、年度初めでもあり新元号を発表するタイミングも、陛下が崩御ではなくご譲位をされ改元をされるという意味でも「令月」と言えるだろう。
2度も改元に立ち会えるとは思わなかったが、改元による新元号をお祝い出来るのは不思議な気分ではある。そして今一度、元号が持つ日本独自の歴史と文化の重要性に思いを馳せたい。

そんな一日だった。(´ー`)y-~~oO

 

 

この記事が気に入ったら
いいね ! をお願いします


SEの日常カテゴリの最新記事