2019年の夏に「開戦の詔書」の記事を書いた時は、確かに終戦記念日は念頭にあったものの、日本の近代史にそれほど詳しくなく、特に歴史書の類いを読んでる方でもないため、大した記事は書けないと思っていた。
ところが予想外に記事が読まれ続けており、学校教育では省略されていながら「なんとなく知っている」人が多いのではないか(詳しく知りたいと思う人が多いのではないか)、と思った。
この「なんとなく知っている」というのはクセモノで、特にTwitterだと保守っぽいことをツイートしている自称保守や自称政治アカウントが、かなりいい加減な知識で適当なことを言っているのを目にすることが多い。
ゆえに私の中では優先順位が低いものの、昨年の2020年に吉田茂の記事を書いたり、夏には「終戦の詔書」の記事を書いてみたが、それほど読者の関心は得られていないようだ。
それはひとえに私の不勉強と能力不足が原因であり、不徳の致すところではあるものの、懲りずに(特に若い世代へ)重要だと思える記事を自分なりに書いて発信するより他はない、と思っている。
そこで、以前より記事化しようと思っていた、市丸利之助海軍少将(戦死により中将へ特進)の「ルーズベルト」ニ与フル書(本稿では便宜上、「ルーズベルトニ与フル書」と表記)について書いてみたい。
多少ボリュームがある記事であっても、膨大な書籍の中から「本を探して一冊読むよりは手軽」だろうと思う。
市丸利之助とは?
知っている人は知っているだろうが、いきなり「市丸利之助(いちまる りのすけ)」と言っても、日本人のほとんどが知らないだろうと思われる。
そこで、戦史や旧軍に詳しくない私がザックリ簡単に説明する。
市丸利之助は旧制唐津中学校を優秀な成績で卒業すると、パイロットを目指すべく海軍兵学校に入学して卒業するが、34歳の時に霞ヶ浦海軍航空隊で訓練飛行中に飛行機の操縦索が切れて墜落、瀕死の重傷を負ってしまう。
この事故で頭蓋骨折・顔面複雑骨折・右大腿骨骨折・右股関節脱臼といった重傷のため、療養に3年ほどかかった上に、後遺症と杖をつく生活を余儀なくされた。
この療養期間中に日蓮等の仏教や哲学、漢詩・短歌・書等を学んで人格の修養に努めたとされている。
帝国海軍に復帰すると、海軍飛行予科練習生(以下、「予科練」と略)の設立委員長となり(1929(昭和04)年)、横須賀航空機内に設置された予科練の初代部長に就任する(1930(昭和05)年)。
初期の予科練の応募資格は高等小学校を卒業した満14歳以上20歳未満の男子で、教育期間は3年だが(後に短縮)、市丸は飛行技術より先に人間性を重んじる必要から、中等程度の学力を養成する方針を取った。これにより、市丸の指導は教育学的にも評価され「予科練育ての親」といわれる。
1936(昭和11)年には鎮海空司令(海軍大佐)となり、翌1937(昭和12)年に横浜空司令、1939(昭和14)年に父島空司令を経て第13空司令、開戦後の1942(昭和17)年に第21航空戦隊司令官(海軍少将)と出世して行く。
そして1944(昭和19)年に第27航空戦隊司令官として硫黄島に着任、翌1945(昭和20)年02月19日に米軍が硫黄島に上陸を開始し、壮絶な攻防戦の後、3月26日に散華されたと推定される(遺体や遺骨は発見されていないが、遺品の軍刀は米海兵隊員に発見され、現在は唐津城 博物館にある※)。
本稿で取り上げる「ルーズベルトニ与フル書」は、硫黄島の戦いの2月16日に市丸によって書き始められ、3月17日に将兵を集めた訓示の際に、副官である間瀬式次中佐が読み上げたとされている。
ちなみに、市丸はハワイ生まれで日系2世の三上弘文兵曹に英訳させ、和文と英文の一通ずつを村上治重大尉に渡しているが、本稿では英文は掲載せずに省略する。
※洋々閣 女将のご挨拶18(2001(平成13)年09月)
ルーズベルトニ与フル書(原文)
日本海軍、市丸海軍少将、書ヲ「フランクリン ルーズベルト」君ニ致ス。
我今、我ガ戦ヒヲ終ルニ当リ、一言貴下ニ告グル所アラントス。
日本ガ「ペルリー」提督ノ下田入港ヲ機トシ、広ク世界ト国交ヲ結ブニ至リシヨリ約百年、此ノ間、日本ハ国歩難ヲ極メ、自ラ慾セザルニ拘ラズ、日清、日露、第一次欧州大戦、満州事変、支那事変ヲ経テ、不幸貴国ト干戈ヲ交フルニ至レリ。
之ヲ以テ日本ヲ目スルニ、或ハ好戦国民ヲ以テシ、或ハ黄禍ヲ以テ讒誣シ、或ハ以テ軍閥ノ専断トナス。思ハザルノ甚キモノト言ハザルベカラズ。
貴下ハ真珠湾ノ不意打ヲ以テ、対日戦争唯一宣伝資料トナスト雖モ、日本ヲシテ其ノ自滅ヨリ免ルルタメ、此ノ挙ニ出ヅル外ナキ窮境ニ迄追ヒ詰メタル諸種ノ情勢ハ、貴下ノ最モヨク熟知シアル所ト思考ス。
畏クモ日本天皇ハ、皇祖皇宗建国ノ大詔ニ明ナル如ク、養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)ヲ三綱トスル、八紘一宇ノ文字ニヨリ表現セラルル皇謨ニ基キ、地球上ノアラユル人類ハ其ノ分ニ従ヒ、其ノ郷土ニ於テ、ソノ生ヲ享有セシメ、以テ恒久的世界平和ノ確立ヲ唯一念願トセラルルニ外ナラズ。
之、曾テハ「四方の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」ナル明治天皇ノ御製(日露戦争中御製)ハ、貴下ノ叔父「テオドル・ルーズベルト」閣下ノ感嘆ヲ惹キタル所ニシテ、貴下モ亦、熟知ノ事実ナルベシ。
我等日本人ハ各階級アリ。各種ノ職業ニ従事スト雖モ、畢竟其ノ職業ヲ通ジ、コノ皇謨、即チ天業ヲ翼賛セントスルニ外ナラズ。
我等軍人亦、干戈ヲ以テ、天業恢弘ヲ奉承スルニ外ナラズ。
我等今、物量ヲ恃メル貴下空軍ノ爆撃及艦砲射撃ノ下、外形的ニハ退嬰ノ己ムナキニ至レルモ、精神的ニハ弥豊富ニシテ、心地益明朗ヲ覚エ、歓喜ヲ禁ズル能ハザルモノアリ。
之、天業翼賛ノ信念ニ燃ユル日本臣民ノ共通ノ心理ナルモ、貴下及「チャーチル」君達ノ理解ニ苦ム所ナラン。 今茲ニ、卿等ノ精神的貧弱ヲ憐ミ、以下一言以テ少ク誨ユル所アラントス。
卿等ノナス所ヲ以テ見レバ、白人殊ニ「アングロ・サクソン」ヲ以テ世界ノ利益ヲ壟断セントシ、有色人種ヲ以テ、其ノ野望ノ前ニ奴隷化セントスルニ外ナラズ。
之ガ為、奸策ヲ以テ有色人種ヲ瞞着シ、所謂悪意ノ善政ヲ以テ、彼等ヲ喪心無力化セシメントス。
近世ニ至リ、日本ガ卿等ノ野望ニ抗シ、有色人種、殊ニ東洋民族ヲシテ、卿等ノ束縛ヨリ解放セント試ミルヤ、卿等ハ毫モ日本ノ真意ヲ理解セント努ムルコトナク、只管卿等ノ為ノ有害ナル存在トナシ、曾テノ友邦ヲ目スルニ仇敵野蛮人ヲ以テシ、公々然トシテ日本人種ノ絶滅ヲ呼号スルニ至ル。之、豈神意ニ叶フモノナランヤ。
大東亜戦争ニ依リ、所謂大東亜共栄圏ノ成ルヤ、所在各民族ハ、我ガ善政ヲ謳歌シ、卿等ガ今之ヲ破壊スルコトナクンバ、全世界ニ亘ル恒久的平和ノ招来、決シテ遠キニ非ズ。
卿等ハ既ニ充分ナル繁栄ニモ満足スルコトナク、数百年来ノ卿等ノ搾取ヨリ免レントスル是等憐ムベキ人類ノ希望ノ芽ヲ何ガ故ニ嫩葉ニ於テ摘ミ取ラントスルヤ。
只東洋ノ物ヲ東洋ニ帰スニ過ギザルニ非ズヤ。
卿等何スレゾ斯クノ如ク貪慾ニシテ且ツ狭量ナル。
大東亜共栄圏ノ存在ハ、毫モ卿等ノ存在ヲ脅威セズ。却ッテ、世界平和ノ一翼トシテ、世界人類ノ安寧幸福ヲ保障スルモノニシテ、日本天皇ノ真意全ク此ノ外ニ出ヅルナキヲ理解スルノ雅量アランコトヲ希望シテ止マザルモノナリ。
飜ッテ欧州ノ事情ヲ観察スルモ、又相互無理解ニ基ク人類闘争ノ如何ニ悲惨ナルカヲ痛嘆セザルヲ得ズ。
今「ヒットラー」総統ノ行動ノ是非ヲ云為スルヲ慎ムモ、彼ノ第二次欧州大戦開戦ノ原因ガ第一次大戦終結ニ際シ、ソノ開戦ノ責任ノ一切ヲ敗戦国独逸ニ帰シ、ソノ正当ナル存在ヲ極度ニ圧迫セントシタル卿等先輩ノ処置ニ対スル反撥ニ外ナラザリシヲ観過セザルヲ要ス。
卿等ノ善戦ニヨリ、克ク「ヒットラー」総統ヲ仆スヲ得ルトスルモ、如何ニシテ「スターリン」ヲ首領トスル「ソビエットロシヤ」ト協調セントスルヤ。
凡ソ世界ヲ以テ強者ノ独専トナサントセバ、永久ニ闘争ヲ繰リ返シ、遂ニ世界人類ニ安寧幸福ノ日ナカラン。
卿等今、世界制覇ノ野望一応将ニ成ラントス。卿等ノ得意思フベシ。然レドモ、君ガ先輩「ウイルソン」大統領ハ、其ノ得意ノ絶頂ニ於テ失脚セリ。
願クバ本職言外ノ意ヲ汲ンデ其ノ轍ヲ踏ム勿レ。
市丸海軍少将
ルーズベルトニ与フル書(現代文)
日本海軍、市丸海軍少将がフランクリン・ルーズベルト君に手紙を送る。
私は今、わが戦いを終えるに当たり、一言あなたに告げることがある。
日本がペリー提督の下田入港を機会に、広く世界と国交を結ぶようになってから約百年、この間、日本の国の歩みは困難を極め、自ら望んだのではないにも関わらず日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦、満州事変、支那事変を経て、不幸にも貴国と戦争するに至った。
これによって日本を見て、あるいは好戦的国民だとし、あるいは黄禍だと言って貶め、あるいは軍閥の専断だとする。考えの足りないこと甚だしいと言わざるを得ない。
あなたは真珠湾の不意打ちをもって、対日戦争唯一の宣伝材料としているが、日本が自滅を免れるためこの行動に出るほかない窮地にまで追い詰めた諸種の情勢は、あなたの最もよく熟知しているところだと思う。
畏れ多くも日本天皇は、皇祖皇宗建国の大詔に明らかなように、正義・明智・仁慈を三つの原則とする、八紘一宇の文字によって表現される統治の計画に基づいて、地球上のあらゆる人間にその分に従い、その郷土において、生まれながらの生きる権利を認め、それによって恒久的平和の確立を唯一の念願となさっているのに他ならない。
かつての「四方の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」という明治天皇の御製(日露戦争中の作)は、あなたの叔父セオドア・ルーズベルト閣下の感嘆を呼んだところであり、あなたもまた熟知の事実であるはずだ。
私たち日本人はそれぞれ階級がある。さまざまな職業に従事しているが、結局はその職業を通じてこの天皇の統治の計画、つまり天皇の仕事を補佐しようとするのに他ならない。
われわれ軍人もまた、武器を使って天皇の仕事を広めることをつつしんで承っているに他ならない。
私たちは今、物量に頼ったあなたの空軍の爆撃と艦砲射撃の下、外形的には後退するのやむなきに至っているが、精神的にはいよいよ豊かになり、心はますます明朗になり、歓喜を抑えられないものがある。
これは天皇の仕事を補佐するという信念に燃える日本国民共通の心理であるが、あなたやチャーチル君らの理解に苦しむところだろう。今ここに君達の精神的貧弱を憐れみ、以下一言しばらく教え諭そうと思う。
君達のすることを見れば、白人特にアングロサクソンが世界の利益を独占しようとして、有色人種をその野望実現の前に奴隷化しようとするに他ならない。
このために卑劣な策をもって有色人種を欺き、いわゆる悪意の善政によって彼らの本心を失わせ無力化しようとしている。
近世に至り、日本が君達の野望に抵抗して、有色人種、特に東洋民族を君達の束縛から解放しようと試みたところ、君達は少しも日本の真意を理解しようと努めることなく、ただ君達にとって有害な存在だとして、かつての友邦を仇敵野蛮人と見るようになり、公然と日本人種の絶滅を叫ぶようになった。これは果たして神の意思にかなうものだろうか。
大東亜戦争によっていわゆる大東亜共栄圏が成立すれば、その中の各民族は私たちの善政を謳歌し、君達が今これを破壊することがなければ、全世界にわたる恒久的平和の到来は決して遠くない。
君達はすでに十分な繁栄にも満足することなく、数百年来の君達の搾取から逃れようとするこれら憐れむべき人類の希望の芽をなぜ若葉のうちに摘み取ろうとするのか。
ただ東洋のものを東洋に返すに過ぎないではないか。
君達はどうしてこのように貪欲でしかも狭量なのか。
大東亜共栄圏の存在は、少しも君達の存在を脅かさない。むしろ、世界平和の一翼として、世界人類の安寧幸福を保障するものであり、日本天皇の真意もまったくこれ以外にないことを理解する雅量が(君達に)あることを希望してやまないものである。
翻って欧州の事情を観察しても、また相互無理解に基づく人類闘争がいかに悲惨であるかを痛嘆せざるを得ない。
今ヒトラー総統の行動の是非を云々するのは慎むが、彼の第二次欧州大戦開戦の原因が第一次欧州大戦終結に際して、その開戦の責任の一切を敗戦国ドイツのせいにし、その正当な存在を極度に圧迫しようとした君達の先輩の処置に対する反発に他ならなかったことは看過してはならない。
君達がよく戦って、ヒトラー総統を倒すことができたとして、どうやってスターリンを首領とするソ連と協調しようとするのか。
およそ世界を強者の独占するものにしようとすれば、永久に闘争を繰り返し、ついに世界人類に安寧幸福の日はないだろう。
君達は今、世界制覇の野望が一応、まさに実現しようとしている。君達の得意は想像できる。しかしながら、君達の先輩ウィルソン大統領はその得意の絶頂において失脚した。
願わくば私の言外の意を汲んでその轍を踏まないことを。
市丸海軍少将
解説のようなものを書いてみる
天皇陛下の詔書(詔勅)に比べれば、アメリカのルーズベルト君への手紙(書)なので、一部の漢字や表現は難解かも知れないが、文体は平易で読みやすく、内容も分かりやすいと思う。
ポイントは「皇謨(こうぼ)」で、文中にある通り「皇祖皇宗(こうそこうそう)建国ノ大詔(たいしょう)ニ明(あきらか)ナル如ク、養正(正義)、重暉(明智)、積慶(仁慈)ヲ三綱トスル、八紘一宇(はっこういちう)ノ文字ニヨリ表現セラルル」天皇陛下が国家を統治する計画(=皇謨)だ。
具体的には「地球上ノアラユル人類ハ其(そ)ノ分ニ従ヒ、其(そ)ノ郷土ニ於テ、ソノ生ヲ享有セシメ、以(もっ)テ恒久的世界平和ノ確立ヲ唯一念願トセラルルニ外ナラズ」であり、アングロサクソンの白人どもが「世界ノ利益ヲ壟断(ろうだん)セントシ、有色人種ヲ以(もっ)テ、其(そ)ノ野望ノ前ニ奴隷化セント」しているのは、天皇陛下が国家を統治する八紘一宇の「天業」と相容れないモノである。
明治天皇の御製(和歌)「四方(よも)の海 皆はらからと思ふ世に など波風の立ちさわぐらむ」は、「私は世界中が皆兄弟姉妹だと思っているのに、なぜ戦乱が起こるのだろうか」といった意味になるが、それはルーズベルト君の叔父セオドア・ルーズベルト閣下も感嘆していたではないか。君が知らないハズはなかろう、と指摘している。
ゆえに有色人種、特に東洋民族を君達の束縛から解放しようと試みたところ、「日本ノ真意ヲ理解セント努ムルコトナク、只管(ひたすら)卿等(けいら)ノ為ノ有害ナル存在トナシ、曾(かつ)テノ友邦ヲ目スルニ仇敵(きゅうてき)野蛮人ヲ以(もっ)テシ、公々然トシテ日本人種ノ絶滅ヲ呼号スルニ至ル」から、日本が自滅を免れるために開戦し、不幸にも貴国と戦争することになったのだ。それを含めて教え諭し、一言君に告げなければならない。「之(これ)、豈(あに)神意ニ叶フモノナランヤ」と。
硫黄島の戦いは、戦史に詳しくない私が改めて解説じみたことを書く必要もないと思うが、大東亜戦争の終盤において日本軍の戦況が悪化すると、B-29の本土無差別爆撃を防ぐためにも、硫黄島は死守せねばならない状況であった。
米軍には帝国海軍の零戦のように航続距離が長い戦闘機が存在せず、日本を無差別爆撃するB-29を援護したくても、戦闘機の航続距離が短くて飛ばせられない。それに硫黄島は日本の防空監視拠点でもあるから、日本軍は爆撃に来たB-29を迎撃する戦闘機を本土から向かわせることが出来た。
米軍にしても、日本の無差別爆撃に硫黄島は邪魔であるだけでなく、硫黄島を経由してマリアナ諸島にある飛行場を急襲し、地上で駐機中のB-29に損害を与える日本軍もどうにかしたい。
結果として、日本軍の守備兵力20,933名(陸軍 13,586名・海軍 7,347名)のうち96%の20,129名が戦死あるいは戦闘中に行方不明となり、米軍は28,686名(戦死 6,821名・戦傷 21,865名)の損害を被る激戦地となった。
そんな過酷な激戦のさなか、これだけの文章を書き得たことに、改めて驚嘆する。
しかも自分の生還などは一切考えておらず、上陸した米兵が日本兵の遺体を調べることを見越しての手紙であり、これは謂わばアメリカひいては世界に対する後世への遺書だ。
思惑通り、米海兵隊員の手で和文が村上治重大尉(通信将校)から、英文が赤田邦夫中佐(27航戦参謀)の遺体から発見され、従軍記者エメット・クロージャーは、発見の経緯と手紙の本文を4月4日に本国に向けて打電している。
ところが、ルーズベルトは4月12日に急死しているため、本人はこの「ルーズベルトニ与フル書」は目にしていないとされているようだ。
7月11日、アメリカで「ルーズベルトニ与フル書」が新聞に掲載されたが、欧米の横暴と日本の正義を訴えるものとして、余りにも本質を突いているがために、一般に公表されるまでに3ヶ月を要したと思われる。
特にキリスト教徒が多数を占め、クリスチャンであるアメリカの指導者に対し、「果たして神の意思にかなうものだろうか」としているのは、相当にインパクトがあったことだろう。
恐らく市丸利之助は日本の敗戦と、戦勝国による一方的な断罪を予想していただろうと思う。そして戦後の世界を見据え、考えていたに違いない。
実際に戦後の東京裁判で一方的に日本は断罪され、米ソは核開発競争により、冷戦のグローバル化で世界を分断してしまった。現在の支那に関しては何をか言わんやである。
ルーズベルトの急死によって副大統領から大統領に昇格したトルーマンが「ルーズベルトニ与フル書」を読んだかどうか、アメリカでは大反響だったようなので読んだかも知れないが、市丸の「願クバ本職言外ノ意ヲ汲ンデ其(そ)ノ轍(てつ)ヲ踏ム勿(なか)レ」の忠告を聞くことがなかったのは、間違いがないと言えるだろう。
そしてさらに言えば、「天業翼賛ノ信念ニ燃ユル日本臣民ノ共通ノ心理ナル」の部分を、現代の日本人としてどう考えるべきか。
SNSで「八紘一宇」の言葉を使うのは、少なくとも歴史を学び、大いに考えてからにして欲しいと思う。ましてや「八紘一宇」を口にしながらSNSで個人を誹謗中傷して攻撃するのは、天皇の大御心を解せぬ低能である以前に、大変な不敬である。天皇陛下や日本を語るのはヤメていただきたい。
ちなみに「ルーズベルトニ与フル書」は、アメリカ海軍兵学校(アナポリス)記念館で日英両文が保存され、靖國神社の遊就館でそのレプリカ(コピー)を見ることが出来る。
おわりに
最近になって、「他罪主義」なる言葉を知った。
たまたまネット検索の果てに行き着いたサイトの記事であるが、三重県松阪市にある本居宣長記念館・館長の言葉「私は今の世の中を他罪主義と呼んでいるんです」にウェッジ編集子が感銘したという話で、造語ではあるのだが。
その「他罪主義」とは何かと言えば、政治家は昭和の時代から「記憶にございません」式で秘書その他に責任を負わせ、管理・財務会計的に株主配当や賞与で責任を果たせない経営者が、業績不振を従業員の責任にするといったモノで、上司は部下を、部下は上司をといった責任のなすりつけ合いは「サラリーマンあるある」でもあるが、子供の教育ですら学校が悪いと教員を責めるような風潮は、正に「すべてを他人のせいにする」「他人の罪をわめき立てる」といった意味で「他罪主義」と言える。
ちょっと前に「新型コロナワクチンをバニラ・アイスクリームだと思っている世相の腹立たしさ」の記事にも書いたが、あえて再度引用しておこう。
「忘れるな、だれでも失敗をする。ただし、自分の失敗を認めない男が多い。自分のせいではないと、言い逃れするのだ。女房のせいだ、いや情婦のせいだ、子供が悪い、飼い犬が悪い、お天気が悪い・・・・・・口実ばかり発明する。失敗しても弁解するな。鏡を見ろ。そこに責任者が映っておるわ」
出典:リー・アイアコッカ(徳岡孝夫訳)『アイアコッカ--わが闘魂の経営』
(ダイヤモンド社・昭和61年11月20日 81版発行)p49より引用
また、個人的にバブル崩壊からの「失われた30年」は、弱肉強食的な「自己責任」での切り捨てと、新自由主義的な「今だけ・カネだけ・自分だけ」良ければいいというダブル役満で、日本人の死生観を大きく歪めてしまったのではないか?と思っている。
これと「他罪主義」が相まって、日本は誰もが責任を回避するクダラナイ社会になってしまった、と思う。現今のコロナ茶番を含め、失われたのは正規雇用や経済成長だけではなく、日本人が従来より大切にしていた倫理観ではなかったか。
ではどうするか。どうすべきなのか?
それは私だけが考えて行動しても、仕方がないんである。
問題を認識したら解決策を考え、適切な処置をしなければ、問題がどんどん悪化するのは当然だ。日本人なら「誰か」ではなく「自分が」と主語を入れ替えて考え、行動する必要があるだろう。
市丸利之助は、帝国海軍におけるパイロットの草分け的存在だが、それゆえに訓練中の墜落事故で後遺症と障碍を伴うほどの重傷を負った。海軍兵学校卒のエリート軍人であり、パイロットであった彼にとって、その後の人生を棒に振るような出来事だったに違いない。
しかしながら、彼が軍人としても人間としても腐らずに栄達し、極限状態に置かれながら敵国の大統領を君付けで教え諭すことが出来たのは、ひとえに日本独自の皇国史観に裏打ちされた死生観と倫理観があったからではないか、と思う。
「より良く生きる」のは究極的には哲学の領域だが、我を張らずにいつまでも素直に他人や年少者の意見に耳を傾け、内省をしながら勉強を続けて自分を磨き続けるのは、本当にシンドイ。自分以外の他人のせいにした方が遥かに楽だ。
だが残念ながら、日本人は楽して生きるようには出来ていないらしい。それは市丸利之助を含む多くの先人が、歴史の中で身を以て教えてくれているではないか。
日本と日本人が素晴らしいのは、そういった文化的な倫理観が長い歴史で裏打ちされ、伝統的に行動として実践されているからに他ならない。
最後に、アメリカでは未だに「硫黄島」が語り継がれ、クリント・イーストウッドが映画『硫黄島からの手紙』のメガホンを取って公開したのは2006(平成18)年だ。この映画で「ルーズベルトニ与フル書」が大きく取り上げられなかったのは、返す返すも残念であると言えよう。
もっとも、究極的に残念なのは、これらの史実を知らない日本人である。
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