今年の10月、ついに消費税が10%に増税されてしまった。
9月は台風15号が上陸し、関東地方、とりわけ千葉県では甚大な被害が出て水道や電気が長期間止まるといった有様だった。台風による被害の復旧にどれだけの時間や金額がかかるのかも分からない中、それでも予定通り消費増税が実行された。
消費増税後に政府は8~9月の大雨による災害を「激甚災害」に指定したが、私はしばらく政治に関してモノを言う気にならなかった。
呆れたというより、絶望したからだ。
それでも11月25日の憂国忌に参加し、「結局、自分がやれるのは、微力だがネットでの発信しかないのか」と、諦めにも似たような感慨に支配された。
私の絶望を、この記事の読者と共有してみたい。
三島由紀夫の予言
まず最初に、1970(昭和45)年11月25日に自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹、自決した三島由紀夫の予言について触れておきたい。
私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。
出典:三島由紀夫「果たし得てゐない約束――私の中の二十五年」
(昭和45年7月7日・サンケイ新聞夕刊)
三島由紀夫が亡くなってから20年ちょっと、平成の初期までの日本は「無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国」だったと思う。その点、三島由紀夫の予言は正しかったと言える。
しかし、バブル景気が弾け、支那に世界第二位の経済大国の座を明け渡し、令和の御世になった現在、日本は「富裕な、抜目がない、或る経済的大国」ですらなくなろうとしている。
「からっぽな、ニュートラルな、中間色の」日本人は、思考停止のまま、支那がウイグル人をジェノサイドしようが、香港デモが戦争の様相を呈しようが、無関心に座視したまま、習近平を国賓として迎えようとしている。私は今まで、これほどまでに「日本人として恥ずかしい」と思ったことはない。
世界から指弾されている支那の独裁者を国賓として迎え入れ、天皇陛下に謁見させるようなことがあれば、世界に対して天皇陛下が権威と信用を与えてしまいかねず、世界は「日本は支那に屈した」と見るだろう。支那は支那で日本を利用した上で、あからさまに属国扱いを開始するに違いない。
すでに支那が世界各地で政治工作や情報工作をしていることが暴露されているが、日本も相当支那に侵攻されている現実があるからだ。
日本人の税金を世界にバラ撒く外務省と財務省
この10年で、沖縄に関する国連勧告が日本に対して5回も出されている現実をご存知だろうか?
2007年に国連で「先住民族の権利宣言」が採択されるや、日本人を含む反日勢力は、日本政府にアイヌを先住民族とすることを認めさせる一方で(2008年の衆議院で「全会一致」で可決)、国連に対して沖縄県民を日本政府に先住民族と認めさせるロビー活動をしていたのだった。しかも、国連があるジュネーブで、沖縄県民や日本国民が知らないところで、だ。
今年になって、沖縄県民を先住民族とする活動が表面化して来た。
例えば『公正な社会を考えよう「国連勧告と琉球・沖縄の人々の権利とは」』という講演会は、その分りやすい一例だろう。
そして改元直前の今年4月26日、ついに約10年の歳月をかけてアイヌ新法が成立してしまった。
民族自決権や土地の領有権等は一切法律で明文化されていないものの、北海道内だけだった「アイヌ利権」が全国的に展開することになるだろう。アイヌ利権の原資はすべて我々の税金だ。
このまま座視していれば、沖縄県民は先住民族ということになり、日本と沖縄、もっと言えば日本人が分断されることになる。
沖縄は日本であって日本ではなくなり、支那ではないが、「一国二制度」なんて話にまで発展しかねない。「一国二制度」を選挙で公言し、知事になったのは玉城デニーなのだから。
ここまで国の内外でムチャクチャな活動をされながら、日本は国連分担金を2億3,880万ドルも払っている(2019年の金額で分担率は約8.56%)。
「国際社会での発言力」のためにこれほどの巨額の血税を国連に貢ぎ、それでいて分担金2位の座を支那に明け渡している。その支那からは「南京大虐殺」などという捏造デマで攻撃されており、同じく捏造の慰安婦像が世界各国に建っているという有様だ。
やらかしてるのは、何も外務省だけではない。
省庁ヒエラルキーのトップに君臨している財務省は、IMFに相当な金額を気前よく出している(しかもIMFは拠出金に関する情報を公表していない、という闇深さだ)。
今現在、韓国経済はその反日と文在寅政権の失政のせいで、かなりヤバイところまで来ている。
またもやアジア通貨危機となれば、IMFが介入して資金を出してやることになるが、何のことはない、IMFを通じて日本がカネを出してやるのだ。無論、我々の税金で。
なぜか?と言えば、財務官僚はIMFで強い影響力を保つために、今までも国際金融危機が発生するたびに日本の税金をIMFに供出して来たからに他ならない。
その財務省は何をしてくれているのか?「プライマリーバランスの黒字化」のため、IMFで日本の消費増税をさせるために対日勧告をさせ、このたび無事に10%に消費税が増税されたのである。
来年は東京オリパラがあるからまだ良いだろうが、通常、オリンピック後にどこの国でも景気が減退する。消費増税後のオリンピック終了後というダブルパンチで、日本はまたもや長い景気低迷の時代になるのは、どんなに血の巡りの悪い人でも容易に想像が出来るハズだ。
超少子高齢化だと言うのに、ロスジェネ世代の若者をまだまだ輩出せねばならなくなる。
結果、さらなる少子化を促進させることになるだろう。年金?貰えればラッキーだね。
名前を変えた移民政策
去年の6月、日本政府は2025年までに外国人労働者50万人増を目指す方針(原案)を発表した。
日本人の「働き方改革」が議論を呼び、中でも「高プロ」の場合は本人が希望する限り日本で働き続けられ、家族の帯同も可能である。
結局、これは名前を変えた移民政策ではないのか。
今までもずっと「このままでは少子高齢化になる」と散々言われて来たのに、日本の政治家は何もして来なかったに等しい。
安倍首相は経済財政諮問会議で「人手不足が深刻化しているため、一定の専門性、技能を有し即戦力となる外国人材を幅広く受け入れていく仕組みを早急に構築する必要がある」と言ったようだが、自分たち政治家の無策がここまでの少子高齢化を招いたのに、その責任は取らず都合の良い「外国人労働者」で埋めようとしている。
政府は農業、介護、建設、宿泊、造船の5業種に外国人労働者を想定しているようで、業界ごとに実施する技能と日本語の試験に合格すれば最長5年の新たな在留資格を取得できる、としている。
今後、この政策がどのように実施されるのかはまだ不明だが、少なくとも次の問題点がある。
- 日本の都合で外国人労働者(しかも単純労働者)が50万人も集まるのか
- 日本に来た外国人労働者の出身国と外交上の問題が発生した場合、その国の労働者が引き上げるリスクをどの程度考慮しているのか
- 想定している5業種で仕事をしている日本人の雇用と賃金は維持出来るのか
- 上記2.と3.に関連して、同じ仕事で日本人と外国人労働者に賃金格差があると「奴隷労働」だと非難されないのか
ざっと思いつくのは上記4点だが、西側先進国で経済的に豊かな日本には、貧しい国の労働者が簡単に集まるといった、日本の驕りではないか、と私は思う。
そして、そんなに日本の外交は上手とは言えないのに、複雑な外交手腕が要求されることにもなる。
また、一旦このようにして受け入れを決めたら、他の業種でも「人材が足りない」と言い出すだろう。
そして日本人より安い外国人労働者を受け入れることになる。それで日本人の雇用と賃金が維持出来るとは、私には到底思えない。
平成30年10月末現在、厚労省によると日本には約146万人の外国人が働いている。その上、50万人も新規に受け入れると言うのだから、狂ってるとしか言いようがない。
なぜ日本人を増やすという発想にならないのだろう?相変わらず超少子高齢化に対してなんら有効な政策を打ち出さず、名前を変えた移民政策が先行しているのだ。
「安倍晋三は売国奴だ」と言う左派にも、十分な言い分があると言える。
私は今まで是々非々で安倍政権を支持していたが、とっくに「消極支持」に回っている。「反日野党のバカ共よりはいくらかマシ」ぐらいな感覚だ。
20年以内に「日本が壊れる」根拠
私は去年の7月、私を含む団塊ジュニア世代と「働き方改革」について、次の記事を書いた。
その中で、精神障害者とニートについても言及している。
この記事では、「50代まで含めると約50万人がニートであると言われている」とした。
実際、ニートは15歳から39歳までを対象にした調査しかなく、40歳以上のニートは約50万人程度と推定される、といった程度でしか分からなかったからだ。
ところが今年の3月に内閣府が発表した「生活状況に関する調査(平成30年度)」で、40歳から64歳までの中高年層のひきこもりが全国で推定61.3万人もいる、ということが判明した。
いわゆる「8050問題」(80代の親がひきこもっている50代の子の面倒をみている問題)が、かなり深刻であることを如実に物語っている。
私は友人・知人に「あと20年もしないうちに、日本社会に大問題として降りかかる」と言っていたのだが、誰も真剣に取り合おうとはしなかった。
恐らく「自分は大丈夫」と思っているのだろうが、「年金受給時に2,000万円足りない」どころの騒ぎではない。
親が死亡していてもその事実を隠し、不正に親の年金を受給していた事件が今までも何件かあったが、それがあり得ない数で発生するかも知れない。
仮にそのような犯罪に走らない人が大多数だとしても、生活保護受給世帯があっという間に膨れ上がるのは容易に想像出来る。
いつかは分からないが、20年以内のどこかのタイミングで、年金の不正受給と日本人の生活保護受給世帯が雪崩のように急増するハズだ。そうなれば医療を含め、日本の福祉は完全にパンクする。
ちなみに、日本国憲法第25条は次のように明記されている。
第二十五条
すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
この憲法第25条の規定に基づいているのが生活保護法なのは、周知の通りだ。
当然ながら、中高年までニートだった人達は、容易に労働力にはなれず、かと言って見殺しにも出来ない。急速に膨れ上がった福祉の財源を賄うには、消費税その他の増税で手当てするしか方法がない。
そうなれば、日本経済は低迷どころでは済まなくなるだろう。
明日のことは誰にも分からないが、近い将来このような問題が間違いなく発生する。
その時、日本にどれだけの移民がいるのか分からないが、帰化人を含め移民が増税で暴動を起こさなければいいが、としか言えない。
将来を悲観する若者たち
つい先日、現代ビジネスで『朝日新聞、45歳以上の「早期退職」募集…退職金の「驚きの金額」』という記事が出て、ネットで話題になったばかりだが、大企業が50代社員の肩を叩くなんてのは、今に始まったことではない。
特にバブル期に採用した大量の人材とその人件費を抑えたいのだろうが、そんなに団塊ジュニア世代をイジメるな!と言いたくもなるし、「本当に人手不足なんですか?」と聞きたくもなる。
ともあれ、いくら新聞が読まれなくなったとは言え、全国紙で発行部数の多い朝日新聞社が40代から早期退職者を募集しているのは、少なからず衝撃を与えたようだ。
個人的に朝日新聞なんて廃刊しろ!とは思うが、新聞含めマスコミは大卒に人気の業種であるから、「人気業種で終身雇用が崩れた」という現実は、色々と余波がありそうだ。
2020年3月卒業予定の大学3年生の約半数が公務員を志望している、というのも世相を反映していると言える。
そんな若者だが、先日の11月30日に日本財団が出したレポート『18歳意識調査「第20回 社会や国に対する意識調査」』を見ると、日本は将来「良くなる」と考えている17~19歳は9.6%しかいない。
支那人は日本人の10倍の96.2%も「良くなる」と考えているのだから、ある意味オメデタイとしか言いようがないが、次世代を担う若者は総じて明るい希望がなく、悲観していると言えるだろう。
レポートを見ると、貧困をなくし、平和な国で、きちんと働いて納税する、という若者の実態が垣間見えるが、世界をリードできる国にしようといった希望は2割にも満たない。
「ゆとり世代」の次は「さとり世代」とは良く言ったもので、自分の限界を試すよりは、先に悟って諦めているような気がする。少なくとも1980年代や、バブル景気を知っている私のような団塊ジュニア世代とは、価値観が大きく違い過ぎているようだ。
しかしながら、この世代がこれから先の日本を背負って行くのは間違いがない。
また、スマホ世代で、デジタル・ネイティブな世代でもあるから、恐らくはSNS等、ネットで情報を仕入れていると考えられる。私も可能なら、明るく将来に希望を持てるネタを提供したいよ。
ともあれ、少しでも今の日本を良くして次の世代に渡さなければならないのだから、責任世代としてはツライところではあるな。
おわりに
ネットのブログ記事で、しかも学歴も社会的地位も何もない無名の私ごときが、長文の、それも現代日本の「絶望」について書いたところで、日本は1ミリも良くはならない。
むしろ誰にもほぼ読まれず、黙殺されて終わりだろう。
別に、それでもいい。ロクに本も読まず、文学は難しいと言い、長文なんて読まないし、自分で考えることをしない日本人に、私はほとほと愛想が尽きているのだから。
私だって、こんな駄文を書くのは、もうヤメにしたいぐらいだ。
三島由紀夫じゃないが、私も「からっぽな、ニュートラルな、中間色の」日本人と口をきく気にもなれなくなっている。
私ごときが出来るのは、こうしてネットで駄文を書き、IT業界で少しばかり企業のお役に立つことぐらいだ。ごくごくちっぽけな、どこにでもいる普通の小市民でしかない。
それでも、少しでも日本を良くしたいと願っている。
子供がいない私だが、次世代に日本を受け渡す一人の責任ある大人として、何とか責務を果たしたいと思っているのだ。
最後に、私にはいわゆるライト・サイドの「保守」が何を指しているのか今いち分からない。ただ言えることは、「社会の雰囲気」なのでは?と思う。そこには思想も信条もないのだろう。
だから、自称保守が愛国の人間を平気でSNS等で叩き得る。余計なお世話だが、もう少し勉強してはどうか、と思う。
このままでは、日本が日本でなくなるだけでは済まないだろう。
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